なぜか知らないが

 
紀貫之の土佐日記を思い出しました。
彼っておかまの前身じゃないの、
男もするという日記を私もひらがなでしてみよう
「男もすなる、日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」
というのです。
当時、60歳を過ぎていて、土佐の守として、
任期を終え、京へ帰る道中を書いたものですが
土佐で亡くした、我が子のことが
 
都へと思ふも、ものの悲しきは、帰らぬ人のあればなりけり
 
当時都へは50日ほどかかったらしい。
 
道中海賊が出没したり、天候も気にかかるものでした、
時に634年だったそうです。
 
昔読んだもので、殆ど、忘れましたが、一つ覚えてることは
ある日、船の中へ、鱸(すずき)が飛び込んできて、
そのすずきに、口をつけたら、みんなが笑った
というところがありました。
この頃、すでに、キスがあったということですね。
 
小人閑居して、不善をなす。といいますが
私は閑居して、何を考えるか?
というところです。
 
伊知郎