京都【1】

15日に京都へいってきました。
私の家は真宗ですので、もう彼岸も近いこと、
折角の京都なので、先ず、墓所へいってきました。
真宗には、自分と家の墓はありませんで
開祖の親鸞と同じ墓所に収める習いです。
 
京都の八坂神社の裏、円山公園の横にあります。
ゆるい坂なんですがそれでも、少し汗ばんでもきました。
祭日でもあり、ある程度のお参りがありましたので、
香のかおりも、ただよっていました。
 
その奥にも、長楽寺がございます。
ここは平家物語の建礼門院の出家なさった所でした。
 
それから、和泉式部の墓があるという、
新京極の誠心寺へも訪ねました。
 
次に嵯峨野の祇王寺へと私の思いのあるところを廻ってきました。
少し、初秋の一日で、嵯峨野をあるいて、嵐山の駅に出る頃、
缶ビールを買い、歩きながら飲む味わいに、秋の気配を感じつつ、
 
今日は誠心院の写真を送ります。
新京極にあります、誠心院の和泉式部の墓です。
 
 
この人の墓は方々にあるそうですが私の知っているのは
木津と伊丹であります。
木津はこの人の生まれたところといわれておりますが
その根拠はないらしいのです。木津川にかかる橋を和泉大橋といいますのも、何かいわれがありそうです。墓はその近くです。夫君が和泉守であったから、和泉式部と云われる所以ですが、和泉守と別れて後、いろんな方と
結婚なさったり、死別したり、恋も多かった人でした。
 
あらざらむ この世のほかの思い出に いまひとたびの あふこともがな
あの世へ旅立つ、この世の思い出にもう一度逢いたいものですね
大江山 いく野のみちの とうければ まだふみもみず 天の橋立
 
小式部内侍の歌であります、
お母さんの和泉式部が留守でさぞおこまりでしょうという歌会に小式部が詠んだ歌ですが代作をしてもらっていたと思われていたので、皆が初めて彼女の実力にびっくりしたのでした。
 
大江山の生野や、天の橋立へは、遠いから、行った(生野)事がありませんし、まだその地へ踏んだこともありませんし(ふみも)、母からの手紙(文)も見ていませんから、
 
この墓は謡曲「誓願寺」の舞台でもあります。
 
 
誠心院はそんなに大きい寺ではありません。
 
 
式部の歌碑です。
 
伊知郎