生玉界隈No.1
井原西鶴
この間、寺の横にホテルが乱立する生玉界隈、
生国魂神社境内を歩いてみました。
まず、この前、この地に近いところの誓願寺に墓がありました、
井原西鶴がこの生玉の南坊で延宝八年、
昼夜四千句の独吟、矢数俳諧の記録をたてました。
 

松尾芭蕉
松尾芭蕉は元禄七年九月九日重陽の節句の例祭日に奈良より難波に入り、
この地で読んだ句です。この年の十月十二日に南御堂の花屋仁左衛門の
邸宅でなくなりました。生玉では、
菊に出て 奈良と難波は 宵月夜
です。芭蕉の臨終の句はみなさんよく知っておられる
旅に病んで 夢は枯野を 駆け巡る
ですね。

米沢彦八
米沢彦八の碑が笑福亭仁鶴などからなる碑です。
宝永、正徳の頃、生国魂神社の境内には太平記読み、
芝能、萬歳、人形操りなど、諸々の芸能者があつまり
米沢彦八の芝居物真似、軽口咄が演じられた、上方芸能
発祥の地であります。ちょうど、今の街道パホーマンスですね。
300年前の話です。